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なのに私は京都にいるの


先日の祝賀会で、

「処刑台の階段を登る気持ちで、今日、ここ新島会館に参りました…。」と、

功労賞のコメントとしては、不適当なことを述べさせて頂きました。多くの人は、冗談と思われたか、真意をはかりかねたでしょう。冊子の議題に『贖罪』という言葉を使わせていただいた真意は、ここにあります。

実は、私はすべてを投げ出し無視するという、一番最低なことをしたのです。まぁ、そんなことをいまさら言っても仕方のないことですが…

学生時代の若気の至りで、多くの人の期待を裏切ったけど、皮一枚で首が繋がった。神様(私は特定の宗教には依居しませんが…)の恩赦で助かることが出来ました。

さふいふ罪の意識を感じながらも、どこか「まっ、うまくいったし、ええやん」というテキトーさも心にある。だから、私は鬱病にはならないのかも。

とにかく、あの場にいたすべての方、私が失望させたすべての方に、この場を借りて謝ります。

「申し訳ございませんでした。」

同志社DAS50周年祝賀会

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今日はDAS50周年祝賀会に参加してきました。

OB・現役総勢80名が、京都丸太町の新島会館に集まり、盛大に行われました。

私も僭越ながら功労賞の記念品を頂きました。正直なところ、DASにほとんど寄与できていない…どころか、悪い影響しか与えていなかったわけです。

自分自身の罪により、さながら公開処刑のようになってしまいました。

それはさておき、素晴らしい会に参加できたことは、感激の限りです。

謝るのはこれくらいにして、これからは恩返し出来るよう努力します。輝かしい未来のある現役生たちも、頑張らないと、私みたいになってしまいますよ。

帰宅後、同級生で本日は欠席の中島と、電話で話しました。やはり仕事は辛いようです。でも、どん底の辛い中にも、今日のような、楽しい未来があるから、しっかり生きて行けるのでしょう。

今日の一日が、あなたの未来において、希望となることを祈ります。そして、これからも…

秋、京都、鱒釣り

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今日は久しぶりに京都のレイク嵐山へ釣りに行きました。なんといっても、今日は解禁ですからね。

会社は代休です。携帯も電波が微妙な場所ですから、邪魔者もなし。

しかし、仕事の疲れか、まさかの寝坊。1時間遅れで現地入りしましたが、楽しい釣りをすることができました。

金曜日は会社の先輩と豊田でバス釣り。

来週もDAS祝賀会で京都に行きます。ただし、片道3時間は正直しんどい。

realize

夢にまで見ていた妄想を実現したら、意外と大したことなかった…としたら。

ボクのとっておきの隠し玉は、意味がなくなってしまう。また生きる意味が無くなる。

あほづら下げてどこまで行くんだ?

人生をどこかで区切って、精一杯生きたい。若さを垂れ流して、汚ねぇオッサンになるなら、生きてる意味はない。

あぁ。負けた。また負けた。ホークスが負けた。

『ずっと好きだった』

名古屋に仕事に行ったら、ものすごい人だかり。ありえない並びっぷりです。

なんかと思えば、今流行りのアイドルグループ。もっとヲタクっぽいファンかと思えば、意外にフツーの中高生ばかり。いやはや若い子たちの好みはわからない。

変な女の子たちに絡まれた「おじさんたちも、あっちゃん絶対好きになりますよ!」。無邪気というか、なんと言うか。心に浮かんだ言葉をそのまま口にする。箸が転んでもおかしいジェネレーション。

おじさんたちは虚ろな目で、遠い昔を見てる。いろいろ手にしたけど、なくしてしまったものを懐かしむ。

数字に心を縛られて、心にドリルで穴をあけられて。楽しみよりも、怒られないための自己保身ばかり。いまや夢なんか、追ってねぇな。

おじさんたちにも、そんな時代はあったんだぜ。沈む夕日を眺めて、ため息まじりの笑顔をこぼす。

『ずっと好きだったんだぜ~♪』

絶望的な渋滞の中、ラジオからは斎藤和義が流れていた。

大人になっちゃった

学生時代の同級生と昼飯を食べた。

誰かが、すごいとこに就職したとか、もうすぐ結婚するとか、会社の先輩が出産予定とか…少し前まで小学生だった人達が、今やアダルトなわけですよ。

実感ないというか、みんながどっか違う時限の宇宙にいったような感覚を受ける。ボクの宇宙は、歪んだ大学生活の延長で、冴えないインターン生をやってる感じ。

学生時代テキトーそうだった彼は、今や結婚するわけで、意外と真面目だったのかも。と、思うのは、私が果てしなくテキトーだから。

「まぁ、なんとかなるさ」で、過去の栄光(?)を食いつぶして、もうビンボーになるばかり。

ここらでどうするか考えたいけど、やっぱり無策。まぁ、自分の妄想を食いつぶすことしか出来ない人間だから、プラクティカルな問題は考えずに行きたい。

「まぁ、いいや…」。

と、ここで私は、また人生のターニングポイントを棒に振った。

疲れたよ

仕事や、対人ストレスや、クレームや苦情から、オールフリーな休日。自分の幸せのために、他人をうつ病にすることもない。もちろん、その逆もない。

こんな穏やかな日が続くなら、幸せに違いない。そんな連休。

いわゆるテレビのお話なんかは、新興宗教とマルチまがいがごっちゃになったみたいなもの。聞けば聞くだけ、奴隷となっていく。

個人的には、もう変に力を入れるのは無理。勝手気ままに生きて、責任はあんまし取らなくて…。来るお話に、要領良く乗って、飽きたら降りる。

時々夢を見ればいい。しかも、当たり障りのない夢を。

男であること、大人であること。めんどくさいからやめたい。ボクは、少年に戻るよ。

気違いじみた人の欲望や都会の喧騒は、軽蔑に値する。そこから私のサラリーが出てるのだけど、この際難しいことはどうでもいい。

もし素晴らしい日々が叶うなら頑張るけど、遠いよね。当たり障りのない、疲れない人生にいきたい。あえてリスクは拾わない。

トビーであるか、トビーでないか

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小学生のときに、福岡県の南畑ダムで投げたルアーは、トビーのコピー商品だった。

キラキラと水中で揺れるスプーンに、赤いヒレのペイントが今でも記憶に残っている。クローズドフェイスリールに、グラス100%の針金ガイドの青いロッド。

あの頃の技術とタックルでは、ビッグトラウトは果てしなく遠かった。

アンムバサダー2601IARは、90年代に復刻したが、中身は70年代のまま(?)。刻まれたMAID IN SWEDENが心を高揚させる。クラシカルな外見とは裏腹に、チューンが施されており、私の所有するどのリールよりも飛距離がでる。

コパーのトビーはゆらゆらと、コパーのトビーはきらきらと。揺れながら落ちていく。

何度も放物線を描いて投擲される金属片が、着水するたびに波紋が起きる。繰り返される無意味さが、自我を失わせる。

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